鹿児島おばちゃんのPhoto Diary

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黒酢の里から桜島へ

前回のblogでも書きましたが、錦江湾沿いの国道10号線はこの季節、
道路沿いにはほとんど切れ目なく、オレンジ色の鬼百合が咲いていました。
車が止められないので「綺麗だね~~」と言いながら写せませんでした。
霧島市福山町は、大昔大きな火山が爆発して姶良カルデラが出来て、
その外輪山が町の北側を囲んでいます。その山々が冬の冷たい北風を防ぎ、
夏は太陽の光を緑の樹木が吸い込んで、一年中気候温暖な土地なのです。
この気候を利用して昔から酢をかめ壷で作る仕事をしてきた町です。
健康補助食品で使われている黒酢は、ほとんどがこの地で作られた黒酢です。

黒酢には人間が自分の体で合成することが出来ないアミノ酸、9種類の必須アミノ酸が多く含まれています。
たんぱく質を構成しているのは20種類の程度のアミノ酸と言う物質で、
あらゆる細胞にとって必要な栄養素です。バランスよく摂取すると、体内で効率よく活用されるそうです。

案内の方が調子よく説明されて、一日一度の黒酢より、ペットボトルに黒酢水を作り
一日何度も飲むほうが良いと言われました。
そこで私は500mlの温泉水(夫がいつも貰ってくる)に大さじ2杯の黒酢、塩をteaスプーン半分の塩を入れ
外出にはペットボトルホルダーに入れてひんやり冷えた物を持ち歩いています。
夫は大さじ1敗の黒酢を用意しましたが、酢が嫌いなので一日で嫌だ!と飲むのを止めてしまいました。

角志田  角の左に木偏が付くのですが探せません。カクイダとよみます。
この黒酢屋さんには全部で3万個の黒酢の壷があり、有機の壷畑には綱が渡され
立ち入ることは出来ませんでした。
この春に仕込んだ壷にはカビのような物が浮んで汚い感じでしたが、1年目、3年目の壷は美しく澄んでいて
手の甲に少し落とされた、お酢の味は年代ごとによりとても円やかになっていきました。
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黒酢の原料は、米と米麹、福山の山から湧き出す美味しい水により出来ます。
お米の分量が少ないと普通のお酢になり、玄米などを使い何年も置くと黒酢になります。
壷は常滑焼を使っていたそうですが、どんどん値段が高くなり
今は東南アジアからの壷を使用しているそうです。
国内産の壷はつや消しで渋い感じ、光るのは輸入品です。
ランチはここのレストランで黒酢が使われたお料理を頂きました。黒ブタのポークソテーや鯛のポワレを
ジジ先生と半分こして美味しく頂きました。Mさんは黒酢カレーでこれも美味しかったそうです。
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桜島は大正時代まで島でしたが、大正3年の大爆発で大隈半島と流れた溶岩で繋がってしまいました。
カクイダの外に出ると、昭和火口が噴火をしていて灰色の噴煙がもくもく湧き出していました。
途中でmさんがグリーンジュースをご馳走してくださって、焼き芋も頂きました。ジジ先生と半分ずつ持ち帰り
美味しく頂きました。
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昭和火口の北東には黒神という集落があり、ほとんど毎日火山灰が降るところです。
大正3年の大爆発ではここにあった小さなお宮の鳥居、3,3メートルあったそうですが、
上の部分を残して火山灰で埋まってしまいました。
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黒神への道にはねむの木が淡いピンクの花を沢山付けて咲いていて、火山灰に負けない姿に感激でした。
昭和火口の東側には火口を見上げる場所に展望台があります。雨が降り出しましたが先ほどの噴火の後は
どの辺りか直ぐに分らない感じに静まっていました。
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私達が子供の頃は一面ごつごつした溶岩原が広がっていたのですが、
60年も経つと溶岩は全て樹木に覆われて、巨大な溶岩だけが樹木の間から出ているだけです。
人の顔やゴジラのような、わんこのような色んな物に見えてきます。
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大正溶岩原はほとんど原生林になりつつあり、桜島の4合目の湯平展望台へ行きました。
晴れた日は目の前に櫻島の山肌が迫り大迫力なのですが、雲でほとんどが覆われて雨でえぐられた山が
少し見えただけでした。噴火も無くてホッ!でしたよ。
爆発は800メートル以上の噴煙と爆発音が聞こえるのを言うそうです。それ以外は噴火なのだそうです。
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桜島と市街地は15分おきにフェリーが出航しています。24時間フェリーは運航していて
大隈半島の足として活躍しています。
素敵なジジ先生が桜島をバックに
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by kagosima-e | 2012-07-16 18:23 | Comments(8)

札幌のジジ先生 優しい笑顔で鹿児島へ

5月の始め頃、ぴーまるさんの「みんなの街」でお馴染の札幌のジジ先生が
鹿児島で開かれる学会へ参加されるご主人に同行して、鹿児島へ来られると言うメールを受け取りました。
ランチをご一緒したいと書かれていて、「うわ~~!あの素晴らしいコメントを書いてくださるジジ先生に
お会いできる!と思うと、もう胸がどきどきでした。

鹿児島は20年ぶりなのだそうで、一日ゆっくりご案内しようと、何時もあちらこちらへ連れて行ってくださる
ドライバーのM氏に7月5日を島津別邸と、錦江湾奥の黒酢の壷畑の見学、桜島の黒神から
桜島の昭和溶岩、湯平展望台へ上がり、フェリーで市内へ渡りホテルへと言うコースで
案内してもらうことにしました。

でも梅雨末期の鹿児島はとんでもない大雨が降り、まずお天気がどうなるか分りません。
7月5日(木)は、一週間前は月から木まで曇りでしたが、月から水まで全部傘マークが付き、
曇りにお日様マークの木曜日も、前日は曇りマークに変っていて、おまけに北部九州、大分など
豪雨被害が出る始末、夜が明けて空を見ると曇りながら時折日が差す、この季節には珠玉のお天気でした。

ホテルにお迎えにあがり、色白の優しい笑顔のジジ先生にお会いできて、大感激でした。
島津氏別邸は明治維新で鶴丸城から、この別邸に島津氏が引っ越して暮らされたお屋敷です。
雄大な桜島を借景としたお庭で、琉球芝が昔から張られていたのだそうです。
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お殿様がお屋敷に入られるとき使われた錫(すず)のご門。琉球漆の赤と、屋根に錫が張られています。
薩摩はこの錫の産地で、色んな工芸品も作られています。
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お屋敷と右側の大きな松は、琉球から持ってきた琉球松で、
私が子供の頃からどっしりと構えた大きな松の木です。
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お座敷も見学できますしお茶も頂けますが、クーラーが無いのでここはパスでした。
お庭の大きな獅子灯篭と、裏庭の曲水のにわです。桜が咲く頃ここに平安時代の衣装を着けた歌人が
小さな小川に杯を流し、自分の前に来るまでに歌を詠み歌い上げる「曲水の宴」が開かれます。
大勢の見学者がこられますが、お高い見学料が必要です。
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庭園には珍しい木もありました。ばくちの木 5~6月に木の肌が剥がれて来て、その木肌が染料に使われて
八丈島では黄八丈の染料になるのだそうです。木はマホガニーの代用となり、
ばくち水は咳止めとなる木だそうです。

江南竹林は、1736年琉球国から江南竹(孟宗竹)を2株取り寄せ植えた竹林です。
美味しい孟宗竹は、ここから全国へ広まって行ったそうです。
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庭園を歩きクーラーの聞いたお部屋でお薄を頂きました。この季節のアジサイがお菓子になっていて
さつま芋も使われているのでしょうか、美味しいお菓子でした。
薩摩の国は貧しい藩でしたので、立派なお雛様は飾れず、この糸雛が飾られていました。
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庭園の裏には水の施設があり、うらの川から水を引き、貯水の倉庫や、「迫んたろう」と呼ばれる
水を利用した臼が残されていました。
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島津別邸を11時ごろ出て、錦江湾を奥のほうへ走ります。国道10号線の道沿いにはピンクのねむの花や
オレンジの鬼百合がいたるところで見られて、ジジ先生を歓迎しているようでした。
続きは又明日~~
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by kagosima-e | 2012-07-10 18:49 | Comments(14)